銀の風

一章・新たなる危機の幕開け
―14話・怪しげな者達の思惑―



その後、結局泊まらずにそのまま村を出た一行は森の中で野宿をした。
翌日は、幻獣の力を借りてバロンへ行き、船を使ってミシディアに向かった。
かねてより、人間族最大の魔法国家と聞き及んでいたそこで、魔法アイテムを買いたかったからだ。
リトラは、さらにもう一つ狙いがある。
同じ魔術が盛んな国なら、今まで行った国とは違い、召帝がいる可能性があるからである。
だが、その行動を見るものが居た。

世界の何処か。遥か高い空に浮かぶ、島のような施設。
島の所々には、規則的に窓や入り口のような穴が開いている。
ここは空中要塞。悪しき野望を持つ者達が巣くう場所のひとつである。
その要塞の内部の一室で、一人の少年が水晶球で何かを見ていた。
少年の髪は、アメジストのような長い髪。目は、宵闇を溶かし込んだように深い紫をしている。
沈んだ色のローブを身に纏い、変わった水晶球を持っている。
これは、水晶球の周りにオニキスの黒竜が巻きついた特殊な品。
映像が映りこむ部分の竜の体は、不思議な事に透き通っていた。
「……成る程、ミシディアに行くか。」
リトラ達の乗っている船が、水晶球の中に映っている。
それだけ確認すると、少年は映像を消し去った。
すると、そこに全身をローブとフードで隠した男が現れた。
「奴らは何処か分かったか?」
威圧めいた声だ。上から見下すような声は、常人であるなら不快感を覚えよう。
水晶球を見ていた少年は、振り返った。
「ああ、依頼主殿。居場所くらい、俺にかかれば造作も無いぜ。
奴らは今、ミシディアに向かっている。まだ力も大したこと無い。
やるなら今じゃないのか?
ミシディアの港について、町に行くまでの草原が一番だと思うが。」
少年の提案に、男はしばし考えるようなそぶりを見せる。
「まあ、よかろう。では頼んだぞ。紫のあやかし。」
にやりと得意げに笑うと、
少年は何も言わずに水晶球とともにそこから姿を消した。

―港町・ミーデル―
ミシディアの玄関口で、各国から貿易船や魔道士達を乗せた巡礼船が訪れる。
船着場はいつも多くの人でにぎわい、普通の店は勿論、露店なども多く並んでいる。
他ではあまり見られない、魔法関連の品を扱った店が特に多い。
どの店も、外国の客相手の商売が熱心だ。
中には、「業者の一括購入可」と書かれた札が下がっている所も。
「わ〜、ねぇねぇみんな!あそこでキャンディー売ってるよ〜v」
食べ物にはめざといことだ。フィアスは、大はしゃぎで露店を指差している。
リトラはじっと張り紙に書かれた値段を見る。
魔法キャンディー、1本40ギル。
飴にしては、かなり高い。ポーションと大して変わらないではないか。
どけちな彼は、すぐさま嫌そうに顔をしかめる。
「げ〜……たっけー。やめとけよ。」
その表情が、どうせ魔法なんて名前だけだろーが。と、言外に示す。
当然、フィアスはぷぅっと頬を膨らませて不満たらたらだ。
「まーまー、ええやんか。滅多に拝めるもんでもないんやで?
ほな、フィアスちゃん。うちがおごったる!」
どこからか財布を取り出し、ウインクしたリュフタ。
それを見たフィアスは、ぱあっと目を輝かせた。今しがたの不機嫌は、何処かへ飛んで行ったらしい。
早々と、リュフタと共に飴の店に行ってしまった。
思わずアルテマが苦笑する。
「あいつ……何か現金だね〜。」
買って貰えると分かった途端の、あの態度の変わりよう。
無邪気な顔をして、実はしたたかなんじゃないかという思いが一瞬頭を掠めた。
が、そこまで頭が回らないことを思い出し、考えを取り消す。
少しすると、一人と一匹は戻ってきた。
「ただいま〜。」
フィアスの手には、ロッドの形を模した棒付きキャンディーがしっかり握られている。
結構大きくて、食べでがありそうだ。
もっとも、彼にかかればものの十数分で消えるであろう。
早速、飴を包んでいる薄紙をひっぺがして舐め始めた。
「おいしい?」
「うん♪」
ニコニコ笑いながら舐めている様子は、実に幸せそうだ。
そんなにおいしいなら、記念に今からでも買おうかなどとアルテマは考え始めた。
子供の癖に甘い物に関心が無いリトラは、それをさして気にも留めないが。
「ったくー……食いながら行くからな。」
あきれながらも、それ以上文句を言うことはなく、
町の入り口近くにあった貸しチョコボ屋の方に歩いていった。


貸しチョコボ屋のレンタル料を極限まで値切り、
意気揚々とミシディアの町を目指してチョコボを走らせる。
「いやっほ〜♪やーっぱ、何回乗ってもチョコボって最高!」
アルテマは、幾度か乗るうちにチョコボに乗るのがとても好きになったらしい。
上機嫌で先頭を切って駆けていく。
「アルテマお姉ちゃん、たのしそーだね〜。」
リトラの後ろに乗ったフィアスが、のん気にアルテマの様子を眺めている。
彼女はもう、チョコボ2頭分も離れた所を走っていた。
彼女のチョコボは幸いタフなようで、後ろから見る限りでは息が上がった様子は無い。
だが、あまり離れるといざというとき困る。
それが心配なリュフタは、大声で彼女を呼ぶ。
「アルテマちゃ〜ん!あんまり先いかんといて〜な!」
そう声をかけた、直後だった。
一行の真上だけが、暗く翳った。
「ずいぶんのん気な面じゃねえか。」
皮肉るような言葉が聞こえた直後、強い風が上から吹きつけた。
リュフタやリトラは知っている。
これは、大型の鳥の魔物や、ドラゴンなどの巨大な翼を持つ者達の羽ばたきで起こる風だ。
「誰だ!!」
リトラが上空に向けて怒鳴る。
だが、そこにはもう何も居ない。
「鈍いやつだな。俺はここだ。」
一行は、チョコボの歩みを止める。
いつの間にか、一行の行く手を塞ぐように紫の髪と宵闇の目を持った少年が立っていた。
外見から推測できる年は、10歳ほどか。一見、年若い魔道士に見える。
だが、少年が身にまとう気は、明らかに人ならざるものだ。
右手には、見慣れない形の槍を持っている。
長い柄の両端に取り付けられた、鋭い穂先。ツインランサーの系統だ。
その穂先は、薄い緑がかった金属で出来ていた。
ウインドスピアと同じ金属だ。
「あんた、あたしらに何の用?」
腰の剣に手をかけ、アルテマは少年をにらみつける。
他のメンバーも、すぐに攻撃が出来る体勢に移っていた。
しかし少年は、全く動じない。
「そうだな……その首をもらいに来たってところだ。」
嘲るような独特の口調で言い放った後、素早く跳躍した。
着地の寸前、アルテマの急所めがけて槍を突き出す。
それを、彼女は瞬時に剣を抜いて弾いた。
「はっ!」
後一歩遅れていれば、命は無かったかも知れない。
彼女を援護するように、リトラがトマホークを飛ばす。
「走れ!」
チョコボに命じる。
騎乗した状態で、止まったまま戦うのは無意味だ。
だからといって、悠長に降りている場合ではない。
ならば、走らせて逃げながら戦う方がまだいいだろう。
そう思い、再び一行はチョコボを走らせた。
なれない馬上ならぬ羽上戦に、一抹の不安をリュフタはよぎらせたが。
「逃げても無駄だぜ。」
あくまでも涼しい顔で、少年は追いかけてくる。
その背には、紫色をした竜の翼がある。
どうやら、少年はパープル・ドラゴンが正体のようだ。
「ごちゃごちゃうるせーんだよ女顔!!」
言い放つや否や、リトラは念をこめた手を空中にかざす。
空気に波紋が広がる。瞬間、空気を引き裂くような唸りを立てて風の刃が少年を襲う。
少年が僅かに体勢を崩した。
「ち!」
その隙に、アルテマが魔法剣の詠唱を始める。
リュフタも、防御魔法の詠唱を始めた。
「轟く雷よ、我が剣に宿れ。サンダー剣!!」
雷の力を込められたミスリルソードは、金色に輝く雷の剣へと変貌を遂げる。
続いて、リュフタの詠唱も終る。
「――プロテガ!!」
光魔法にしかない、プロテスの上位魔法。
青いガラスのようなシールドが、一行と彼らが乗るチョコボ達を包む。
敵は、見かけと違いかなりの攻撃力を持っているはずだ。
魔法のシールドよりも、まずは打撃。
息つく間もなく、リュフタは次の詠唱にうつる。
その隙に、防御が固まった他のメンバーが攻撃に移る。
「わ、我の魔力を無の球に!ナッシア〜〜!!」
普段は、きちんと躾されて乗り手が楽なように気遣うチョコボ達。
しかし、ドラゴンに追い回されているという非常事態のせいで走りがとても荒い。
方向転換がやけに急な上、乗り手を振り落とさんばかりの勢いのスピードだ。
おかげで、十分な集中が出来なかったナッシアは、
子供の手のひらほどしかない貧弱な球になってしまった。
無論、大した傷は負わせられない。
「ふん。やっぱりカーシーの古魔法はお粗末だな。」
馬鹿にされてフィアスは当然むっとした。
が、馬鹿にされても仕方ない威力だったのは事実なのでどうしようもない。
「リトラ〜、何とかしてよ〜!」
ぎゃあぎゃあ後ろでわめかれても、リトラは無視するしかない。
彼とて頭に来るのは山々だが、手綱を握っている以上召喚魔法もトマホークも使えないのだ。
無理やり使ったとしても、フィアスの二の舞になるのがオチである。
トマホークなら、なお悪い。
「アルテマー!」
お前に任せた!などと言わんばかりに彼女の方を見る。
が。
「あんたの召喚魔法で何とかしてよ!」
手綱を片手に、剣で槍をはじくので手いっぱいという様子でアルテマが返事を返す。
剣の腕前は同年代1とは言っても、馬(羽)上の戦いの経験はまるでない。
騎士の訓練を受けたことはないのだから、仕方がないのだ。
「使えねー……」
苦々しげにリトラが呟く。
「ケッケッケ。ったく、とんだパーティじゃねえか。
もう少し楽しませてくれよな。」
嘲笑われ、ピキッと青筋が額に浮かぶ。
「言われなくてもやってやら〜〜!
おいフィアス、これもっとけ!!」
言うが早いか、手綱を後ろのフィアスに押し付ける。
「え?え??」
彼がおろおろして、左右を見回していることなど気にも留めない。
リトラは素早く思考を切り替え、召喚魔法の詠唱に入る。
幻界の住人に波長を合わせる独特の集中の後、言葉をつむぐ。
「格を奪われ、幻界を追われて大地に隠れ生き延びるものよ。
土を愛す一途な心、追われてなお、失わぬ穏やかな心。
それを信じ、汝を呼ぶ。いでよ、召喚獣・ミドガルズオルム!!」
大地の一部が歪み、大きく裂けた。
そしてそこから、茶色のうろこを持った大蛇が勢いよく踊りでる。
ついこの間従えたばかりの大地の幻獣、ミドガルズオルム。
その巨体が、一行を追いかける少年の前に立ちはだかった。
「これ以上の狼藉は許しませんよ、パープルドラゴン殿。」
穏やかだが、その中にはゆるぎないものが込められている低い声。
その巨体もあいまって、威圧感が漂う。
それは、咎めを受け幻界を追われてなお、失われない誇りの表れだった。
「ち……呼びやがったか。」
苦々しく呟く。召喚魔法の威力は、彼もよく知っていた。
だからこそ、心中では懸念していたのだが。
「ミドガル、さっさと逃げたいから頼む!!」
今の状況では、ミドガルズオルムの能力は十分に生かせない。
とにかく、状況を変えたかった。
「承知いたしました。―――はっ!!」
リトラ達の体が、形容しがたい力でミドガルズオルムの体に引き寄せられる。
だが、不思議なことにチョコボ達の体は全く動かない。
『わぁ!!』
それと同時に、ミドガルズオルムが地に潜った。
掘るのではなく、周りの土をその力で遠ざけているのだ。
「何?!」
ルージュが目を見張った。
まさか、中級クラスの幻獣を呼んでおいて逃げるとは。
そう思っている間に、すでにそこには穴も残らず、彼らの姿は消えていた。
「ち、厄介なことしてくれやがって……。」
そう言って、少年は姿を消した。

地中に潜った先は、幻獣だけが使う亜空間の通路だった。
そこを凄まじい速度で、ミドガルズオルムは泳ぐように進む。
「うっわ〜、何ここ??」
フィアスが、ミドガルズオルムにしがみつきながら辺りを見る。
「ここは、うちら幻獣だけが使える通り道みたいなものや。
主人に呼ばれた幻獣は、ここを通って主人の元に駆け付けるんやで。
ここと外は時間が違っとるから、一瞬で出てくるように見えるんやけど。」
その説明に、幻獣についてあまり知らない二人は感心したように聞いていた。
「ここを使うのは、一体何百年ぶりか……。それで、主人はどちらへ?」
と、言って思念を読む。
ミシディアの町に行くという希望を汲み取った彼は、すぐにそちらに進路を変えた。

―ミシディアの町―
ボコッ!という派手な音を立て、石畳を割って一行を背に乗せたミドガルズオルムが地上に現れた。
大通りを通行していた魔道士達が、驚愕の眼差しでこちらを見ている。
「つきましたよ。……おや?」
どうやら、出てきた場所がまずかったことに気がついたようだ。
通行人の眼差しが、こちらに集中している。
「はずかし……。」
アルテマが小さく呟いた。
勝気で細かいことは気にしないが、流石にこの状況ではいたたまれない。
穴があったら入りたいというところだが、まだ全員体のほとんどは穴の下。
対照的に、フィアスは物珍しげにまたきょろきょろしている。
「ミードーガール〜〜χ」
地の底を這うようなリトラの声に、ミドガルズオルムはあせったような表情を見せる。
嫌でも目立ってしまったこの状況に対する恨みがまじまじと現れている。
「何で出て来る所考えねーんだよ、このうんこ色ヘビ〜〜!!」
爆弾が炸裂したようにリトラが怒り狂う。
その剣幕に押され、慌てて彼はなだめるために弁解を始めた。
「し、しかし主人。私が最後に召喚されたのは、何百年も前でして……。
こんな所まで街はありませんでしたよι」
こう見えて誠実な彼の言うことだ。嘘はない。
見かねたリュフタも、彼の弁護に回る。
「リトラはん……ミドガルはんは、わけあって幻獣の位を奪われて幻界を追われとるんや。
その後長いこと主人を持たなかったから、住んでた辺り以外の事は知らなかったんやで。
せやから、どーか堪忍してやってんか〜?」
そう言われて、仕方なくリトラは黙った。
これ以上騒いでいたら、魔道士が何か五月蝿そうだ。
「ねぇ……どーすんのさ?」
小声で、アルテマがリトラに耳打ちする。
しかしリトラは、うんざりした表情を見せるだけだった。
う〜、などと声にならない返事しか返してこない。
「ねーねー、みんな何でこっち見てるの?」
心底不思議そうなフィアスの問いに、誰も答えはしなかった。



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また更新に間が……(苦笑)
どんどんキャラを出さないと、番外で使えるキャラに制限がでるので頑張らなければならないんですが。
次辺りで、一人増える予定です。……それでも厳しいかな。